亞的呼聲 Adiffusion

中華と酒と銭湯と

香港の魚を食べる①:潮式凍烏頭(潮州風蒸しボラの冷製)

香港で流通している魚介類を色々食べていこう、という企画です。シリーズ化予定。

はじめに

香港の食といえばその多彩な海産物だろう。点心にもふんだんに使われるエビを始め、カニ、ハタ、シャコ……華南随一の大河・珠江の出口に位置し、三方を海に囲まれる香港。イギリスがやって来る前の「苫屋の煙、ちらりほらりと立てりし処」であった時代から、ここに住む人々の多くは漁撈を生業としてきた。

香港が国際的な金融都市に変貌し、また流通の進歩によって内地、日本、東南アジア諸国などから乾物以外にも様々な水産物流入するようになっても、香港の漁業は依然として重要な地位を占めている*1

西貢や離島まで行かなくても(実はまだ行ったことがないので行ってみたいものだ)、店頭に生簀を構える海鮮酒家は勿論、香港中あちこちにある街市を覗けば、香港に住む人々の魚介類への拘りの強さを感じられる。関西では見かけるようなものから調理法も全く想像が付かないものまで、日々多種多様な魚介類が新鮮な状態で店頭に所狭しと並べられおり、大いに賑わっている。

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街市の魚市場。石斑などの高級魚から日常の魚まで、ありとあらゆる魚介類が揃う。

魚の棚以上の活気に毎日当てられていると、自分でも何か試してみたくなるというもの。誰かを誘って頻繁に海鮮料理を食べに行ける身分でもないけれど、大体週1くらいで食べたことのない魚を試してみようと思い立った訳だ。 

…調理器具と調味料の不足により、従来はこのように焼き色をつけたら生抽と米酒で蒸し焼きにするだけの「雑アパッツァ」しか作れていなかったわけだが、市場で銀色に光り輝く魚が気になり続けていた。それがこの「烏頭」だ。

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光り輝く烏頭。奥に見えるのは倉魚(金鯧魚)

イトヨリ(紅衫)もマナガツオ的なやつ(金鯧魚/ 倉魚)も、なんとなく見た目に親しみ(食べられそう、という感じ)が湧く魚だったけど、こいつは全然見覚えがなかった。調べるとなんということはない、というかイトヨリやマナガツオ以上に出会っているであろう、津々浦々の河口付近で見かける「ボラ」だったわけだが。普段背中側しか見ないから、全く一致しなかった。

ボラは泥臭いというイメージがあるし、カラスミ以外に食べたことがなかったけれど、調べてみると水域によっては臭みもなく、刺身でも食べるような魚らしい。流石に刺身チャレンジはしないものの、当地の人々が食べているならその調理法に従えば絶対に不味くはないだろうという信念の下、香港において広東系に次ぐ集団である潮州人の調理法、「凍烏頭」に挑戦することにした。魚介に強い潮菜なら安心だ。このためにフライパンを蒸し器に拡張すべく道具も揃えた。

この凍烏頭だが、その実手順自体は非常に簡単な料理だ。①鱗も取らず、内臓を取り去っただけのボラに塩を擦り込み、②蒸すだけ。蒸しあがったらしばらく置いておいて冷ましてから食べる冷菜だ。味付けは下味の塩と、必要ならつけだれとして普寧豆醬か生抽を添えるのみ。こういう調理法はボラのみに限らず、総称して「魚飯」という。なんでも、保存設備のなかった昔、漁師が海上で手早く加工して出荷できるように生み出されたものであるそうだ*2

脂が多く柔らかいボラの身を、塩と冷却で引き締め、甘味を引き立てる*3。鱗を剥がさないのも蒸す際に旨味が逃げないようにする意図があるそうだ。シンプル故に、ボラ自体の目利きや蒸し加減の絶妙な技術が問われる料理である。目利きも技術もない状態でトライして大丈夫なのだろうか…

調理

街市に出ていたものはどれも素人目には鮮度が良さそうだったので、なるべく脂の乗っていそうな太めで身のしっかりした個体を選んだ。蘋果日報ありがとう…*4体長は30数cmほどで、35ドル。中くらいのイトヨリより高く、中くらいのマナガツオと同じくらいの値段だ。また、日本と同様に、街市のおばちゃんに鱗は剥がさずわただけ取ってと頼むことで(無料)、一番ウェットな作業を大幅に短縮することができる。

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ボラを洗う。背後にちらっと見えているのは「へそ」

大体のワタを取ってもらって持ち帰ったら、早速身の簡単な洗浄に入る。魚屋さんがワタを取ってくれた後なので多少楽だが、白子(魚油膏)が付いていたので身から引き剥がす。白子の裏には背骨とそれに沿うように太い血,管があるので、内臓周りの黒ずみや血を丁寧に剥がしていく。これが残っていると蒸した際の生臭みに繋がるそうだ。

洗っていて気づいたが、この魚は眼の周りから頭部の先端に向かってゼラチン質?の透明な膜に覆われている。これは脂瞼というものらしく、眼を保護しつつ視界を確保するものらしい。面白いですね。また、正面から見て逆三角形のような形をしているので、腹よりも背の方に肉がぎちっと詰まっている感じだ。仄かに桃色の、生で食べたら美味しそうな白身魚の肉。鼻を近づけても、他の魚と比べての殊更の生臭さというものは感じられない。

白子はあまり食指が伸びないので、本体と一緒に蒸して少しだけ味見することとして、もう一つ、魚屋さんがボラの腹の中に残しておいてくれたものに気づいた。「へそ」(幽門、魚扣)である*5。水底の砂ごと藻を食べるボラは、泥の排出の為に胃袋の肛門にあたるこの部位が発達している。鶏の砂ずりのような食感らしく、刺身の他に串焼きにしても食べられる珍味であるそうだ。確かに、鶏肉のような見た目。これは自分も試したいので、米酒に漬けておき、刺身風に食べることにする。

流水で良く血の汚れを落としたら、水気を取って塩を擦り込み、ラップで巻いて冷蔵庫で3-4時間置く。こうしているうちに、余分な水分が抜けて、ボラの身はより引き締まり、甘みを増していく、はずだ。

そして4時間が経ったので冷蔵庫から出し、余分な水分や汚れを拭き取って、蒸し器に掛けていく。しかし、何も考えていなかったので、ボラのサイズがフライパンの直径を超えてしまった。やむなく尾を断ち切って一緒に蒸すことに。切断面から旨みが逃げないことを祈りつつ、13分間強火で蒸して、5分間蒸らす。未だ慣れないIHコンロ、蒸す機能が付いているのだが、やや火が強すぎたか、ボラの片目が落ちて、脂瞼が白濁してまった。こういうものなのだろうか。それにしても、顔のあたりなんだか魚というよりデカい蜥蜴みたいだな。少し不安だ…

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蒸しあがった状態。尻尾切りたくなかったなあ…

実食

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熱々を食べず、常温まで冷ます。ここに潮州らしさがある

常温まで冷ました後、外出しないといけなかったのでラップをかけて冷蔵庫へ。帰宅後ビールも冷えたし、ようやく実食だ。

結構しっかり冷えていて、皿の底に透明な煮こごりが出来ている。実際の凍烏頭はここまで冷やすものなのだろうか、謎だ…色んな作例の画像を見ていると、腹側からパックリ開いたり、半身外したりして盛り付け、後はその身を刮いで食べる感じらしい。身が柔らかくホロホロ崩れていくので、綺麗に取り分けるのは結構難しそうだ。とはいえ腹骨も目立つし、鱗のついた分厚い皮があるので、刮ぐのはそこまで大変ではない。もっとも、蒸してから冷蔵庫に入れるまでの冷ましている時間がやや足りなかったために身がややモロモロしている可能性もあり、これは今後の改善点だろう。本来は蒸した後にしっかり乾燥させて、ある程度身を引き締める必要があるのだと思う。これはこれで、しっとりしていてうまいとは思う。

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脂瞼が白濁している。大きい鱗が浮き出ており、蜥蜴か何かに見える。

食べた感じは、普通に美味しい白身魚の味だった。確かに、鯛などとは違う独特の癖のようなものは感じるが、生臭さとしては感じられない。蒸す前に丁寧に身を洗い、塩を擦り込んだからだろうか、それともこの辺りのボラがこうなのだろうか。他の白身と比べての特徴は、その柔らかい肉質と脂。カビか?と思うくらい鮮やかな黄色の脂が肉と皮の間に浮いていて(「黃油」と言って、肥えている証らしい)、結構食いごたえがある。デカいトカゲをまるごと食べてるみたいな見た目だけど、全然いけるじゃん。ビールが進みます。

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蒸した白子。薄皮はやはり剥がすものっぽい。見た目はグロい

本体と一緒に蒸してみた小さな白子は、日本酒が欲しくなる味だった。ヤバい…しかし29度の米酒しかない。

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肝心の「へそ」の刺身は、本来日本酒に漬けるべきところを29度の米酒に漬けていたので、完全にホルマリン漬けのような状態になっていた。少し考えれば分かるようなことだが…砂肝のような食感は美味しいけど、噛み締めても完全に米酒の味しかしなくなっていた。これはリベンジしたいなあ…笑

 

*1:漁農自然護理署年報 漁業によれば、2015年時点で香港で食用にされる海産物の28%は香港で水揚げ・養殖されたものだ

*2:每日頭條「潮州魚飯,是飯也不是飯」2016年9月25日。魚飯と言うのは、生米を炊いたら米飯、生魚を炊いたら魚飯だから、とかなんとか…

*3:MamaCheung 張媽媽廚房: ★潮州凍烏頭 一 簡單做法 ★ | Chiu Chow Teochew Grey Mullet Easy Recipe

*4:超簡易!大廚教煮凍烏頭五個竅門 保證肥美香滑 | 2017-08-12 | 飲食男女 | 蘋果日報。目利きや蒸し時間など、餐館の女将のアドバイスが本当に参考になった

*5:街市で購入してから実際の調理の工程、部位の名称に関してはこちらの動画を参考にした。 烏頭😋 凍食👍 潮州名菜( 適合家庭煮法) - YouTube

外で酒を飲むと気持ちがいいこと

外で飲む酒は旨い。それだけの記事である。

 今月は当然ながら部屋にいてばかりであんまりレジャー的な催しが出来なかったのだけど、都下に行く機会が多く、なんだかんだ天気もよかったので、外で酒を飲んだ。
 そろそろ梅雨も近づいて来て、なかなかこういった気持ちの良いことができないので、偲ぶのも兼ねて以下に紹介、というか自慢する。

秋川渓谷 

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 多摩の山奥に行ったものである。魚を釣って食べようと言う話だが、こんな感じからも分かるように、揃いも揃ってインドアのオタクなので、手ぶらで行けて楽に釣れるものがいいよね、と言うことになり、鱒釣りと相成った。前も利用したことがある養殖マス釣り場だが、ここはいいですよ。

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川に適当に酒を投げ入れて、冷やす。見てるだけで涼しくなってくる風景だ。マスだが、釣り券を買うと生簀から川に投げ入れてくれ、本当に簡単に、バカスカ釣れる。衆楽園ヘラブナの方が全然難しいと思う。

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加山雄三と『蝿の王』: 三番瀬で豚を丸焼いたこと

未来の大戦中、ひょんなことから疎開地へ向かう飛行機が墜落し、若大将(演: 加山雄三)は南太平洋の無人島に置き去りにされてしまう。最初こそ協力し合っていた若大将たちであったが、青大将(演: 田中邦衛)は食べ物などにも不自由しない島で自由に生きることを望んで、独自に狩猟隊を結成する…

今週のお題は「お花見」 らしい。

ということで、というわけでは全く無いが、先日桜がいい感じだった時に桜の一本もない埋立地に行き、悪魔崇拝的な儀式に参加してきた話をする。標題からして桜感は皆無だろう。

豚や機材の搬入、及びその他の飲食物の買い出しを行うため、自分は主催者の暴力ちゃんTwitter: @okumuratorucc)から人足として徴用され、前日は飯場で他の作業員とともに食事をした。
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 飯場に火鍋底料があるというので火鍋をやることになった。新大久保の中華スーパーやまいばすけっとで食材を用意して(この羊肉は日光総本店で買ったが華僑服務社と比べてかなり割高だった、以降このような失敗の無いようにしたい)、いい感じに火鍋を楽しんでいたのだけれど、
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不注意なオタクばかりなのでこんなことになってしまった。オタクと居ると健常界では有り得ない超常現象が起こります。ともあれ、鉄分は摂れたし火鍋はとても美味しかった。家庭でする火鍋、本当におすすめですよ。

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虚ろな心に火を灯せ、或いは男5人の『ゆるキャン△』

  • 買い出しと松田散策など
  • 火起こしと、晩飯
  • 燗銅壺
  • 燻製
  • 帰路、鶴巻温泉
  • まとめ
  • 追記:

 燃え尽き症候群という言葉がある。また、人の命は蠟燭の灯火に喩えられたりもする。我々人間は、日々何かを火に焚べながら己の生を全うせんとしている。

 去年の終わり頃、自分は非常に疲れていた。“燃え尽き”かけていたのかもしれない。何か漠然と、““活力””を注入しなければいけない気がした。そうだ、火を焚べよう。悲しみも暖炉で燃やすものだと吉田拓郎だか森進一だかも言っている。というわけで、同じように疲れている人間が集まって火を焚べることになった。

買い出しと松田散策など

別に寒空の下テント張ったりはしたくないので、床暖、灯油ヒーター、寝具付のクソヌルコテージを借りることになった*1。昼前に買い出しを行う。

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 山奥へのバスが出るのは小田急の新松田だったが、近傍の商店情報が何も分からなかった。インターネットは本当に使えない。そこで、隣のいかにも棒倒しが好きそうな名前の駅に行き、マックスバリュで買い出し。普段まともに自炊をしないオタク連中(含自分)は本当に買い物が下手。正直買い過ぎであった。

*1:余談だが、買い出し中魚屋のおっちゃんに寒さを心配されたので上述のヌルい環境を説明すると、「そんなんハイアットに泊まるのと変わんないじゃねえか」なるコメントを賜ったので、今回泊まったコテージは通称「ハイアット」となった。「ハイアット」、交通の便は良くないけど本当にオススメです

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鹹肉(咸肉, 中華風塩豚)を使う:老干媽炒飯(老干妈炒饭)

  • ◉はじめに
  • ◉老干媽(老干妈)とは?
  • ◉用料及食譜
  • ◉実食及感想
  •  補:老干媽いろいろ

◉はじめに

 以前こちらのブログで紹介した「鹹肉」を覚えているだろうか?冬場の保存食料として華中地域を中心に作られているものである。家でも美味しい上海菜飯を作るため、日本の郊外型ニュータウンにおいてその再現を試みた記事は以下の2つをご覧下さい。

mounungyeuk.hatenadiary.jp

mounungyeuk.hatenadiary.jp

今日急に自炊をしなければならなくなったので、今回も残りの鹹肉を使って何か作ってみようと思ったが、菜飯だと炊く時間がかかるし、なにより冷蔵庫にあんまり野菜が残っていなかった。
 冷蔵庫に生卵、冷蔵庫に米、葱があったので、炒飯をやってみようという気持ちになった。味付けは…そうだ、以前どっかで読んだ老干媽炒飯にしよう。

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香港土産の柱侯醤で「蘿蔔炆牛腩(牛バラと大根の煮込み)」をやってみる

  • はじめに
  • 食譜
  • 結果・考察

はじめに

 年初の週末に数日、香港に行ってきた。今回は完全に行楽目的で…天気は悪かったけど色んなスポットをまわることができた。

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 蓮香樓に案内する途中でたまたま通りかかった調味料の店(九龍醬園)。色んな調味料が並んでいて楽しい、が、全く使い方がわからないので色々話を伺ったりした。値段がラフな蘇州碼で書かれていて解読に非常に難儀する(店主が読むのに苦心している様子を面白がってくれて、途中からクイズ形式のやり取りになった)。

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絶対にやって来ない“鴨脖子”ブームを応援する

はじめに

www.google.co.jp

 例えばこのようなニュースが続々流れたように、2017年は年末にかけて「蘭州拉麺」出店ブームが再発見された。澄んだ牛骨スープに手延べの麺は、職人が日本に流入し続ける限り、これからも全国各地に増えていくことだろう。

https://www.instagram.com/p/Bcm-FBXhTpD/

「ザムザムの泉」(西川口)の肉蛋雙飛。非常に美味しい

 その一方で、ここ数年にもう一つのブーム(?)が底流していることはあまり注目されていない。それは「鴨脖子」だ。
 もとは清朝期の常徳に始まり、湖南から四川・湖北へと広まった料理であるらしい*1。鴨脖とはダックの首のことであるが、首をはじめさまざまな部位に味付けして販売しているのが普通だ。これらをタレで煮て漬け込んだ後(この工程を「滷」という)、乾かしたりの工程を経て、肉の表面は紅色〜茶色に、艶やかに色付く。味付けも様々あるが、湖南や四川という地名から分かるような激辛の麻辣味や、鹵水、可樂など様々な味付けが存在する。
 この鴨脖専門店、自分が思うにニューカマーによる新興のチャイナタウンがある程度の規模に育った際に登場する、ある種の指標として見ることができるのではなかろうか。現に池袋、西川口、亀戸などのチャイナタウンでは、一昨年〜去年に掛けて多くの鴨脖専門店が開店している。

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