亞的呼聲 Adiffusion

中華と酒と銭湯と

2022年夏の訪港と隔離(3+4)

隔離期間があった頃に香港を訪れていたのだが、その際simカード購入までのツイートを全部下書きに溜めていたまま放置していた。

そうこうしているうちにいつの間にか隔離期間が消滅し、大陸の掌返しに乗じて《安心出行》も、チンパスも、PCR検査も無くなってしまった。今はもう日本で出発前に抗原検査して写メでも撮っておけば普通に入境できるようだ(数日分の抗原検査キットは自弁)。完全に機を逸しているが、こちらに纏めて供養しておきたい。

  • 0日目
  • 1日目〜3日目(隔離酒店:3晩)
  • 3日目〜7日目

0日目

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この口岸みると成田来たな〜という気分になる。今回最低限必要な書類として、

①事前に受けたPCR検査の証明書(横浜駅の鈴一の斜向かいあたりで受けたが、即日でメールでpdfが送られてきた)、
②ワクチン接種証明書(アプリから即印刷できて便利だった)、
③健康状況と便名、ホテルの情報を事前申告して得られるQRコード、および
④隔離ホテルの予約票

が特に重要で、こういう事前準備が大変苦手なので非常にストレスだった。なんか不安になって、成田着いてからも何度も確認してしまった。

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検査したらしたで、機内では普通にアルコール飲み放題なの意味がわからない。最高

飛行機代ケチって仁川経由にしたのだが、仁川空港ではコンビニで酒類を販売していなかった。最悪

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大公報編《我們必勝!港英必敗!》(香港:大公報、1967年11月)「前言」試訳

 大した意味もなく和訳してしまった。本来は5月6日にこっそりアップする予定だったが完全に忘れていた。というわけで深夜にこっそりアップ。
 本書は香港の代表的な「左報」(左派新聞)である『大公報』が六七暴動の末期に発行した写真集。六七暴動は大陸における文革の進行と澳門での一二・三事件の成功とに触発された香港の地下共産党を中心に起こされた暴動で、60年代に頻発していた労働争議の一つをきっかけとして、運動は大規模スト、街頭でのデモ、そして爆弾闘争、沙頭角での武力衝突へとエスカレートしていった。とはいえ、この写真集には勿論運動後期の「紅色恐怖」についての記述は存在していない。
 当時左派人士の眼中にあった「港英」政府の「法西斯的真面目」、本当に現在の「宗主国」のそれと鏡写しのようで、不思議な気分になる。

我々の生きる時代は、帝国主義体制が全面的に崩壊に向かう時代である。 帝国主義者はすでに抜け出しようのない危機に陥っており、彼らがいくら中国人民に対抗し続けようとも、中国人民が最終的な勝利を収める道は必ずある。
                                        毛 沢 東
           (1949年6月15日、新政治协商会议筹备会席上のスピーチ)

 

前言

  香港,自古以來就是中國的領土。但從一八四二年被英帝國主義霸佔之後,已經有一百多年了。英帝國主義霸佔了香港之後,復於一八六〇年侵吞了九龍,一八九八年攫取了「新界」。至此,香港本島加上深圳河以南的整個九龍半島及附近島嶼的大於一千平方公里的地區,全部爲英帝國主義所侵佔。
  百多年來,英帝國主義在香港這個地區,對中國人民進行殘酷的政治壓迫、經濟剝削和文腐蝕,罪惡纍纍,罄竹難書!香港——這在英帝國主義口中的所謂英國「皇冠」上的最「輝煌」的珍珠,不知凝結着多少中國人民的血汗!

 香港は太古の昔より中国の領土であった。しかし、1842年にイギリス帝国主義に占領されて以来、100年以上が経過している。 イギリス帝国主義は香港を占領した後、1860年には今度は九龍を併合し、1898年には「新界」を奪い取った。この時点で、香港本島と深圳河以南の九龍半島と周辺の島々、1,000平方キロメートル以上の地域が、すべてイギリス帝国主義に侵略されることとなった。
 100年以上にわたって、イギリス帝国主義はこの香港に於いて、中国人民に残酷な政治的圧迫、経済的搾取、文化的堕落を進め、その罪悪の数々は枚挙に遑がない!香港——イギリス帝国主義の言うところのいわゆるイギリスの「王冠」の中で最も「輝かしい」真珠は、一体どれほどの中国人民の血と汗が結晶化して出来たものなのだろうか!

 

  自從中華人民共和國成立以後,英帝國主義一直勾結美帝國主義和蔣介石匪幫,縱容和包庇他們把香港作爲對新中國進行騷擾、破壤活動的一個反華前哨基地。近年以來,它更加追隨美帝國主義,變本加厲地執行其一貫的反華政策,不斷地鎮壓香港中國同胞,明目張胆地大搞其「 兩個中國」的陰謀活動,並將香港提供給美帝國主義作爲侵越戰爭和反華活動基地。特别是自從中國開始進行無產階級文化大革命以後,美帝、蘇修和各國反動派都怕得要死,恨得要命,它們勾結在一起,處心積慮地加劇其反華活動,妄圖遏制中國無產階級文化大革命的影響,妄圖逼制偉大的毛澤東思想在全世界的傳播。正是在這樣的罪惡的陰謀之下,香港英國當局,便有預謀、有計劃地在今年五月上旬,開始了一場對香港中國同胞的政治迫害和民族壓迫。

 中華人民共和国の建国以来、イギリス帝国主義は一貫してアメリカ帝国主義蒋介石暴力団に協力し、彼らが香港を新中国に対する嫌がらせと破壊活動の反華前線基地として利用するのを、見逃し、庇ってきた。近年はさらにアメリカ帝国主義に追随し、一貫した反華政策を一層行い、香港の中国同胞を不断に弾圧し、「二つの中国」の陰謀を露骨に行うようになり、更にはアメリカ帝国主義ベトナム侵略戦争と反中活動の拠点として、香港を提供するようになったのだ。特に、中国でプロレタリア文化大革命が始まって以来、アメリカ帝国主義ソ連修正主義、各国の反動勢力は恐怖と憎悪のあまり結託し、色々策を練って反華活動を強め、中国におけるプロレタリア文化大革命の影響を封じ込め、偉大な毛沢東思想の世界的普及を阻止しようと妄動してきた。このような犯罪的陰謀のもとで、香港のイギリス当局は計画的に、本年5月上旬に香港のわが中国同胞に対する政治迫害と民族弾圧を開始したのであった。

 

  五月六日,九龍新蒲崗香港人造塑料花廠的中國工人,為反對資方加強剝削,進行了鬥爭。香港英國當局立即利用這個機會,插手橫加干預,出動大批武裝警察和「防暴隊」,對該廠工人及其他中國同胞,進行血腥鎮壓,並濫肆毆捕。這種窮凶極惡的暴行,激起了香港中國各界愛國同胞的應有的義憤。
  因為這一場對中國同胞的政治迫害和民族壓迫是港英當局蓄謀已久的,它當然不會僅以一次鎮壓為滿足,所以它在「五・六」血案之後,又迅速將血腥鎮壓範圍擴大,半月之間,即由九龍地區擴至港島地區,再一手製造了「五・一一」「五・二二」兩次更大的血案。在此期間,倫敦選派了高級官員來港,共同策劃。這就把英帝國主義的反華陰謀更加暴露得徹底了。

 5月6日、九龍の新蒲崗にある香港人造塑料花廠〔ホンコンフラワー、造花の工場〕で働く中国人労働者が、使用者による搾取の強化に対して闘争を繰り広げた。香港のイギリス当局は、この機に乗じて直ちに介入し、大量の武装警官と「防暴隊」を投入し、工場の労働者をはじめとする中国人同胞に血腥い弾圧を行い、無差別に暴行を加えたのだ。このような悪質な暴力行為は、香港各界の中国人同胞の正当な義憤を呼び起こした。
 この中国同胞への政治的迫害と民族弾圧は、イギリス香港当局によって長い間計画されていたことであったため、当局はただ一度の鎮圧に満足せず、5月6日の流血事件後、半月で九龍から香港島へと流血弾圧の範囲を一気に拡大し、5月11日と5月22日の流血事件を独力で作り出した。 この間、ロンドンは高官を香港に送り込み、〔香港政庁と〕一緒に計画を練った。 これによって、イギリス帝国主義の反華陰謀が存分に暴かれたのである。

 

  有壓迫,就有反抗;壓迫愈甚,反抗也愈烈!自五月初以來,香港的愛國同胞,卽不顧英國軍警的武力鎮壓,高舉「毛主席語録」,湧上街頭,與敵人進行針鋒相對的鬥爭。各行各業的工人紛紛停工和罷工,他們和廣大的農民、漁民、青年學生及一切愛國同胞,前赴後繼,不怕犧牲,向港英帝國主義的殖民統治展開英勇的反擊。

 抑圧があれば抵抗もある。抑圧が大きければ大きいほど、抵抗も強くなるのだ!5月に入ってから、香港の愛国同胞はイギリス軍警の武力弾圧を顧みず、『毛主席語録』を高々と掲げ、街頭に躍り出て、敵に対して激烈な闘争を進めている。 各業界の労働者は次々と仕事を中断してストライキを行い、膨大な数の農民、漁民、青年学生、すべての愛国的同胞とともに、後の者が前に続いて前進し、犠牲を恐れず、イギリス香港帝国主義の植民地支配に英雄的な反撃を展開したのだ。

 

  五個多月來,反動的港英當局,爲了妄圖撲滅中國同胞的反抗,甚麼鎮壓機器都用上了。除了武裝警察、「防暴隊」、便衣特務之外,還出動了英軍;除了警棍、催淚彈、毒液等等之外,還動用了機槍、臼炮和直升飛機;除了殘酷搶殺、毒打之外。還有非法逮捕,非法判刑,祕密綁架;除了在街上殺人、毆人之外,竟然還在法庭之內、警署之內把我愛國同胞活活打死;除了用平時已經多如牛毛的所謂「法律」之外,還不斷地頒布了一大堆法西斯的「緊急法令」,竟至於三人聚集有「罪 」,燃放爆竹也有「罪 」。港英警探可以破門入屋,爲所欲爲。總之,妄圖以更大規模和更加殘酷的迫害,來撲滅我愛國同胞的反帝抗暴鬥争。此外,英帝國主義還開來了航空母艦,還從新加坡用空運向香港增兵,公開叫囂要「顯示力量」,並向我方邊境不斷挑釁,以此恫嚇我香港同胞,並與七億中國人民爲敵。僅僅在幾個月中,英帝國主義已把它自己的「民主」、「自由」、「法律公平」等等僞裝都完全撕光,而露出了赤裸裸的法西斯的真面目!它旣表現了罕有的兇殘,也暴露了十分的虚怯。

 5ヶ月余り、反動的な香港のイギリス当局は、中国同胞による抵抗を撲滅するためにあらゆる弾圧の装置を用いてきた。武装警察、「防暴隊」、私服捜査官に加え、英国軍も投入している。警棒や催涙弾、毒液等に加え、銃、臼砲やヘリコプターも使用している。残酷に銃殺したり、めった打ちにしたりすることに加え、違法な逮捕、違法な判決、秘密の誘拐を行なっている。路上での殺害や暴行に加え、愛国同胞は裁判所や警察署でも生殴り殺されている。すでに数多くあるいわゆる「法律」に加え、ファシスト的な「緊急法例」が一挙に公布され、3人が集まることも、爆竹を鳴らすことも「犯罪」となった。イギリスの香港警察は、家に押し入ってやりたい放題だった。つまり、彼らはより大規模かつより残酷な迫害によって、愛国同胞による反帝国主義闘争を撲滅しようと妄想したのである。このほか、イギリス帝国主義は空母を持ち込み、シンガポールから香港まで空路で兵力を増強して公然と「力の誇示」を叫び、国境を挑発し香港の同胞を恫喝して7億の中国人民を敵に回している。わずか数ヶ月の間に、イギリス帝国主義は、「民主」「自由」「法の下の平等」という建前を完全に脱ぎ去って、ファシストとしての素顔を赤裸々に曝け出したのだ!彼らは稀に見る獰猛さと、頗る臆病さとを示した。

 

  但是,任由英帝國主義如何把迫害一再升級,也沒有把香港愛國同胞嚇倒。香港愛國同胞以偉大的毛澤東思想武裝自己,高呼「愛國無罪,抗暴有理!」「你有你的法西斯法令,我有我的抗暴行動!」「我們必勝!港英必敗!」敵人的暴行升級,愛國同胞的抗暴鬥爭也升級,針鋒相對,堅決鬥爭,譜出了一曲又一曲的戰歌。並展開仇視、蔑視鄙視英帝的羣衆運動,從政治、經濟、文化等方面給頑敵以狠狠的打擊。

 しかし、イギリス帝国主義がいくら迫害をエスカレートさせても、香港の愛国同胞を怖気づかせることはできなかった。 香港の愛国同胞は偉大な毛沢東思想で武装し、「愛国は犯罪ではない、暴力への抵抗は正当だ!」「お前にはお前のファシスト法例があり、私には私の抵抗がある!」「我々は必ず勝利し、香港のイギリス当局は必ず敗北する!」と唱えている。敵の暴力がエスカレートするにつれ、愛国同胞の暴力に対する闘争もエスカレートしていった。互いに激しく衝突を繰り返しながら、一曲また一曲と戦闘音楽が奏でられた。また、イギリス帝国主義に対する憎悪と侮蔑の大衆運動が展開され、政治、経済、文化の面で頑強な敵に大きな打撃を与えた。

 

  香港愛國同胞這場反英抗暴鬥爭,是民族壓迫與反民族壓迫的鬥爭,是侵略與反侵略的鬥爭,是中華民族一百多年來反帝鬥爭的繼續,也是全世界革命人民反對帝國主義、反對現代修正主義和一切反動派的鬥爭的一個組成部分。因此,它得到強大祖國七億人民的堅决支持,也得到世界各方面的進步人民的同情與支持。
  目前,這場具有重要意義的鬥爭正在繼續發展中,它的影響也正在繼續擴大。不管港英帝國主義還要如何鎮壓,香港同胞都要堅决與它鬥爭到底,不把港英鬥垮,鬥臭,誓不罷休!

 香港の愛国同胞によるこの反英反暴力闘争は、民族抑圧と反民族抑圧、侵略と反侵略の間の闘争であり、中華民族の100年以上にわたる反帝国主義闘争の継続であり、帝国主義、現代修正主義、すべての反動派に対する全世界革命人民の闘争の一部分でもある。それゆえに、この闘争は強大な祖国7億人民にしっかりと支持され、世界各方面の進歩的人民から共感と支持を得ているのである。
 現在、この大きな意義のある闘争は展開され続けており、その影響力は拡大し続けているところである。香港におけるイギリス帝国主義が如何に弾圧を続けようとも、香港の同胞は最後まで戦うことを決意しており、イギリスの香港政庁が敗北し粉砕されるまで休むことはない!

野点をする(相模川・小倉橋下河川敷)

はじめに

屋外で中国茶を飲みたくなる、そういう時がある。

 近所にオープンエアーの茶楼が存在しないので、中々外気に当たりながらお茶を飲む機会が少ない。となると自分で「野点」をするしかなくなる。次第に暖かくなってきたので、茶をしばきに出かけることにした。野点というと茶道のイメージで、キャンプで飲むものだとコーヒーのイメージが強いのだが、果たして中国茶でも野点は可能なのだろうか*1

小倉橋下河川敷デイキャンプ

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新旧の橋が見える河原

いい天気だったので、車に乗って河原に行った。持つべきものは運転免許証があり、この環境で酒を入れないで耐えられる精神力を持った友人。

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風が強いが、火遊びから始める(河原なのでシートいらない気もしたが、この方が安定する)。これだけで既に酒が飲める雰囲気である

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キムチの乳酸菌で、鉄板の皮膜が滅茶苦茶剥げた

友達が持ってきたキムチ焼いて豚肉と食ったり、

*1:中国茶 野点」などで検索すると実は結構試されている方もおられて、参考になる。またキャンプ道具方面だと、mont-bellやsnow peakあたりが日本茶・抹茶向けの野点セットを製作していたりもする

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唔駛去日本咁遠(後編):従化温泉に残る民国期別荘建築

  • ①飛機樓(劉沛泉別墅)
  • ②陳濟棠别墅
  • ③その他民国期の別荘建築
  • おまけ:帰路

前編では廣東溫泉賓館で「紅い」温泉地としての従化を堪能したので、自分の宿に帰ることにする。

mounungyeuk.hatenadiary.jp

自分の宿泊した北渓度假村は、当時攜程CTripで100元しなかった。広東温泉賓館の対岸、流溪河左岸に位置しているこぢんまりとした宿だ。

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自分の宿泊した北渓度假村

 自分の部屋は今回もまたツインだが、やたらに湿度が高くて、長くいると労咳になりそうな感じだった。これには理由があって、

從化溫泉

北渓度假村、部屋の浴槽。激アツ

それは個室に付属する浴槽なのだが、これが使っていない間も湿気を発しているらしく、また換気も全然行き届いていないのだ。

 翌朝、早速朝風呂と洒落込んだが、バルブをひねると壁面から熱湯(温泉)が大量に噴き出してくる。これがかなり熱くて、しばらくは湯船に浸かれなかった。従化の源泉温度は最低36℃〜最高71℃ということらしいので、納得の温度だ。高温のアルカリで全身の角質がモリモリ溶けていく……

 全身が溶かされたので、改めて街中の散策に向かう。

 1日目のテーマが「紅色」だとしたら、本日のテーマは「民国」。先に述べたように、この従化温泉は民国期より温泉地として観光開発が進められており、県政府により温泉までの道路が整備され省城から車で通えるようになると、少なからぬ貴顕が当地に別墅(別荘)を構えた。抗戦期までに築き上げられた温泉地としての格式が、人民共和国以降の「冬都」としての位置付けへと受け継がれているのだ

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唔駛去日本咁遠(前編):従化温泉・広東温泉賓館

はじめに

 2017年、財政司司長に就任した陳茂波は行政長官の梁振英(当時)が率いる大灣區考察團(大湾区視察団)に参加した。2017年は第十二屆全国人大の《政府工作報告》に「大湾区」の文言が入ったので、この概念が俄に注目され始めた時期だろう。

 帰港後、テレビに出演した陳は大湾区諸都市との協力を主張する中で、交通が発達しつつある広東省西部が旅行先として優れていると指摘し、冗談混じりにこう語った:

香港人可以揀個長周末上去玩吓,好似係恩平咁,又有唔少溫泉,大家唔駛去到日本咁遠!
(訳:香港人は週末に遊びに行ったらいいと思うよ。恩平とか、温泉もたくさんあるし、日本みたいな遠くまで出かける必要ないよ!)

www.hk01.com

 

 この発言は香港市内から恩平までの所要時間が日本へ飛ぶのと然程変わらない(5時間)所から物笑いの種になったのだが(打造“1小时生活圈”、無理やと思うけど頑張ってほしい)、このニュースのおかげで自分は広東省の温泉について興味を持つに至った。広東省に温泉湧いてるなら、唔駛去日本咁遠じゃん、というわけである。

 陳が言うように、広東省には恩平のほかにも、珠海、中山、湛江、韶関、恵州、梅州等々、各地に温泉が湧いており、各地に度假村(リゾート施設)が建設されている。とはいえ、中国のこの手の温泉は水着着用のプールのようなものが多いので、あまり食指が伸びない……

 そんな中で気になったのが、広州市従化区にある従化温泉(從化溫泉、从化温泉)だ。従化は現在は広州市の一部に編入されており、腐っても広州市内であれば多少は行きやすいだろうということと、従化温泉は他の温泉地と比べて歴史があり、観光も楽しめそうだと思ったからだ。

 従化温泉の沿革は大体以下の通り:

 従化温泉は地方志にも記載がある温泉だが、現在のような温泉地として開発が進んだのは民国期のこと。日中戦争まで、1930年代の中国では沿海部都市を中心に消費文化が発展し、この中で鉄道やバスを利用した国内旅行が発達した。名勝や避暑地、温泉地では観光開発が進み、各地でホテルが建設されたほか、政軍財の大物が自分達の地盤に別荘を築いていく。
 従化温泉は西南航空公司常務理事であった劉沛泉が飛行機からこの温泉地を見つけたことで開発が始まり、当時の従化県政府により従化温泉建設促進会が結成され、道路や旅館、温浴施設の整備が進められることになった。
 日中戦争に伴う停滞ののち、人民共和国成立後は国家幹部療養院が設置され、従化は「冬都」として、中央の指導部が北京の冬の厳しい寒さを避けてここを訪れることになる。「冬都」従化温泉の役割は1970年代末まで続き、北京は勿論、他国の指導者の接待にも使われることになった——

こういう温泉なら、オタクが一人で行っても楽しめるような気がしませんか?しますよね。というわけで、実際に訪問した2018年12月の記録を残しておきたい。今年(2021-2022年)の冬は頗る寒くて、温泉に浸かっていないタイミングでは常に心のどこかで温泉行きたい……と思い続けていた。この感覚で数年前の温泉訪問記を思い出したのである。まあ、もはや中国自体が物理的にかなり遠い場所になってしまったが……

従化への道

 2018年12月、珠海での用事が終わった自分は、香港へ戻る前にちょっと従化に行ってみることにした。従化を目指し、取り敢えず珠海から高鉄で広州へ向かう。

廣州
愛群大酒店Oi Kwan Hotel。河畔に薄ぼんやり光るアールデコ建築

 広州に着いてからは、友人に会って牛杂やら双皮奶やら食べて、愛群大酒店に宿泊した。フロントのおばちゃんが珠江見える部屋にしておいたで、と言ってくれた。古いホテルなので部屋がデカく、ツインを1人で使ったので普段狭小住宅(劏房)に住んでいる身としては些か持て余した。調度は古いが雰囲気があり、バスタブもある。最高だ

 翌日、飯食ってまずは从化客运站(従化バスターミナル)へ向かう。バスもあるけど時間もかかるしもうタクシーでいいか、となりタクシーで30分ほど。ここから温泉地へはさらに路線バスに乗る必要があるが、生憎出払っていたので、ターミナル前に屯する大量の白タクのおっさんたちの中からバイタクのおっさんを選んだ。

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流溪河の堤防をひたすら遡る

 バイクは車線をガン無視しながら爆速で街中を抜けると、自動車の進入できない流溪河の護岸の上をのんびり遡っていく。途中の村々には大きな祠堂なども見え、中々面白い。運転が雑なので気が気ではないが……尚、案の定支払いで揉めたのでお薦めはしない。バスとぶつかりそうになったり、値段交渉したりで絶叫し続けていたので喉が枯れた。

從化溫泉

到着。流溪河の両側に旅館が立ち並ぶ

 尚、この訪問直後に広州地下鉄の14号線が開通し、从化客运站までは市内から電車で行けるようになった。従化温泉に向かうのも一層便利になっていることだろう。

広東温泉賓館の概要

 まずはこの辺りで一番格式の高いであろう「廣東溫泉賓館」へ向かう。なんといっても「従化」ではなく「広東」を背負っているのである。すごい

從化溫泉

対岸より広東温泉賓館を望む

 正門前には「嶺南第一溫泉」の石碑と、日本の温泉地にもありがちな温泉の湧いたモニュメントが置かれている。いかにも正面玄関といった感じだ。揮毫は1977年当時広東省委員会書記であった呉南生(1922-2018)の手によるもの。呉のことは知らなかったが、汕頭の貧民窟から身を立て、70年代以降はずっと広東で経歴を重ねた人物らしい。

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「嶺南第一溫泉」碑

 この広東温泉賓館が「冬都」従化の総本山であり、国内外の要人が宿泊したのもここである。広大な敷地内にはホテルの他に、松園1号などの別荘タイプの戸建が点在しており、この建物に誰々が滞在した、などの解説パネルも設置されている。

廣東溫泉賓館

翠溪一号别墅前にある周恩来

 また、資料館(翠溪賓舍文献芸術館)も併設されており、上述した民国期以来の温泉開発の沿革や歴代要人(広東省長であった習近平の父・習仲勲も含む)、郭沫若などの文化人や原子爆弾開発に貢献した科学者「三銭」などと当地の関わりについても詳述されている。

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館内の展示。「習仲勲在広東」のパネルがやたらデカくて面白い

 展示を見てから敷地内を回ると、このホテルが担った役割の一端に触れられる気がして楽しい。緑も多く、川岸には綺麗な桟橋や四阿などもあったりして、散策すると爽快な気分になれる。

廣東溫泉賓館

毛沢東ら要人が数多く宿泊した松園の入り口。防空壕もある別荘の入り口は固く閉ざされている

広東温泉賓館の外湯

廣東溫泉賓館

外湯の「蘭苑露天温泉」入り口。浴場前に更衣室がある

 折角だから自分も国家領導と同じ湯に浸かろうと思い、こちらの日帰り入浴を利用することにした。正門から結構奥に進んだところに日帰り入浴を受け付けている施設があり、受付・支払いを済ませた後に浴場へ向かう。こちらは水着がいるので別途購入しておいた。炭酸水素ナトリウム泉とのことで、無色透明で、湯温はややぬるめ。とはいえ源泉温度は結構高温なはずなので、温水プール感覚でゆっくり浸かってくれや、ということなのだと思う。

廣東溫泉賓館

完全な長湯。2時間おったらしい

 水飲んだり(服務員が冷水を配っている)、他のお客さん(殆どが地元の方だった)と談笑したり、ドクターフィッシュに角質を食われたりしながらかなり長湯をしてしまった。これはユネッサンみたいな感じですね。

 湯温は低かったが、浸かってみて体が芯から暖まった感じがあり、皮膚もトゥルトゥルになった。正直泉質にはあまり期待していなかったのだが、しっかり効いている感じがある。クセのある温泉でもないし、これは要人も通うと思う。

広東温泉賓館の食事

廣東溫泉賓館

正門ロータリー前、総合受付の横にレストランがある

 すっかり日が暮れたので、ここで夕食をとることにした。自分はこんないいところに泊まれないので木賃宿みたいな旅館を予約しているのだけれど、自分の宿も広東温泉賓館も、温泉の商店街からは少し遠いので、湯上がりに歩くのが面倒臭くなったということもある。

廣東溫泉賓館

陶然餐廳で晩餐

 レセプション脇のレストラン「陶然餐庁」に入る。意外にしっかりしたレストランだったので少し気後れしたが、メニューを見るとご当地感のある料理もたくさんあるし、値段もお手頃だして結構良かった。食ったことねえの頼もう!ということで、よく分からないままにいろいろ頼んでみた。

 黄汁農家宝(写真手前)はコーンや豆、野菜が煮込まれたとろみのあるスープ(18元/人)、胃が広がるのを感じる。果葉捺泥鴨(写真中央)は醬鴨のような感じで、アヒルの下に敷かれた里芋が汁を吸っていて美味い(48元/皿)。最後に出てきた紫蘇山坑魚(写真右)は従化の郷土料理らしい。特産の山坑魚という細身のワカサギのような魚を紫蘇で炒めたもので、山坑魚は骨も食べられる柔らかさで美味かった(48元/皿)。

 食事に加えてビールや茶も頼んだが、茶に関しては写真奥に見えるように茶具が色々出てきて、食後も煎を重ねてしばらく楽しめた。一人100元しなかったのだが、(一応)広州市内で国家級ホテルの飯なのにこの値段、凄くないか……?などと思う。

 お湯に飯に満足したので、自分の宿に戻ることにした。翌日は民国期の別荘建築探訪に向かったのだが、それは後編で。

 

年の暮れ、横浜の乗り物(AIR CABIN、シーバス、三和楼、徳記)

  • ①YOKOHAMA AIR CABIN
  • ②北仲ブリック
  • ③三和楼
  • ④徳記

①YOKOHAMA AIR CABIN

 2021年末、横浜市中心に出ることがあったので、色々と博物館など行こうかと思ったが年末だったので全部閉まっていた。折角なのでYokohama Air Cabinなるものに乗ることにした。

 

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それなりに混んでいた。待ち時間は5分程

 桜木町駅前から新港埠頭片道630mを結び、所要時間は5分、運賃は1000円。正直めちゃ高い、こんなん誰が乗んねんというのが正直な気持ちだが、1組で8人乗りのゴンドラを使えるので家族や友達と乗るといいかもしれない。

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こういうのどっかで乗ったな、と思ったが永利皇宮のSkycab(觀光纜車)だった。あれは無料だったが*1

 微妙な高さから汽車道を歩いていく人々を見下ろす、後ろ向きな楽しみ方をする。ドアの付き方的に、みなとみらいのビル群を眺めるのは新港埠頭側から桜木町へ帰る方向の方がより綺麗に見えると思う。360度満遍なく見渡せるので意外と良かった。またすぐ乗るかと言われたらそれはないけれども。

 

個人的には、汽車道(臨港線)に単線のライトレールでも通して山下公園あたりまで運んでくれるとすごく嬉しい。

*1:ハマもカジノ作ったらこういうの全部無料になったかな。ならんか……

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2021年よく聴いた音楽のこと

2021年終わるらしいですよ。めちゃくちゃ怖いですね。2021年を過ごした実感が湧かないので、いまだに年号を2020年と書き間違えてしまう。

今年はあまり外出の機会もなく、基本的に自室にてYoutubeさんでランダムに音楽を垂れ流しながら作業していたので、結果的に色んな音楽を聴くことになった。シャッフルとはいえ、Youtubeさんは多分自分の試聴傾向を読みながら曲を放り込んでくるのでジャンル的に多岐にわたることはないと思うのだけど、新しい曲を聴くこと自体が久しぶりだった。

自分は上述の通り音楽にあまり頓着しない人間なので、特にめちゃくちゃ好きなジャンルとかはなく、雑食なのだけど、以下は今年よく聴いた曲で、印象に残っているものをピックアップしてメモを残しておくことにする。去年も似たような感じだったから、去年もやっておけばよかったとちょっと後悔している(去年何を聴いていたか、中々思い出せないものだから)。尤も、つまみ食いだし専門家ではないので、流行歌から何かを語ることはできないのだが……

  • ①Serrini《我在流浮山滴眼水.jpg》
  • ②MC $oHo & KidNey《係咁先啦》
  • ③闽南狼PYC《中国老总》
  • ④my little airport 《那陣時不知道》
  • ⑤K佬《山頂黑毒蛇》
  • ⑥JB《得個等》
  • ⑦Delta T蛋撻頭《寂寞的雪糕 (Lonely Disco)》
  • ⑧Ginger Root(姜根)《Loretta》
  • ⑨溫蒂漫步Wendy Wander《讓我住進你心裡》
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