亞的呼聲 Adiffusion

中華と酒と銭湯と

廣如意老酒莊(深水埗)で、豚肉を浸けた酒を買う

はじめに

先日の訪港で、気になっていたお店を消化してきた。

なんと香港で(しかも古洞とかではなく市街地の中で)「玉冰燒」を漬けているお店があるというのだ。

 玉冰燒(玉氷焼)は広東省仏山が発祥の蒸留酒で、その特徴は米を蒸留して作った白酒に豚肉を漬けて完成させるという奇抜な製法にある。肉の臭みとりや柔らかさの向上を狙って、肉類の下拵えに酒精が使われることは多いが、ここでは酒のために肉が使われている。漬けた豚肉(一応蒸すらしい)が透き通ってきて玉のようになるという説明もされるが、玉冰燒の「玉」の由来は単純に「」と「」が同音(yuhk)であるところにある。そういえば、「ニク」は音読みで、訓読みは「しし」なんですね。

 大手メーカーも作っているので、例えば珠江橋牌(中糧傘下、広東省食品進出口集団のブランド)のものは結構市中で見かける。これは特に1980年代の広告が有名:

作曲は顧家輝(1931-2023)、填詞は黃霑(1941-2004)という黄金タッグ

斬料!斬料!斬大舊叉燒!
油雞滷味樣樣都要 斬大舊叉燒!
嘩! 有玉冰燒 玉冰燒 坐低飲杯玉冰燒
飲杯玉冰燒!勝嘅!

珠江橋牌豉味玉冰燒真正家鄉名釀

玉冰燒 玉冰燒 珠江橋牌玉冰燒
飲杯玉冰燒!勝嘅!

 労働者風の男たちが燒味(叉燒や燒肉、燒鴨など、広東のロースト料理全般を指す)や滷味(潮州の調味液「滷水」で肉類や臓物を煮たもの)を「斬料(これらをデッカい中華包丁でぶった斬ってもらい、おかずの一品に加えること)」して路上で飲酒する、最高のCMだ。「燃える男の酒*1」といった感じがする。

 珠江橋牌豉味玉冰燒は惠康などのスーパーマーケットにも結構置いてあるのだが、広東人香港人がこういう伝統的な蒸留酒を乾杯しまくっている状況にはあんまりお目にかかったことがない。北方人に比べあまりお酒を嗜まないのに加えて、近年では洋酒が酒席にすっかり定着してしまっているからだと思う。これとか米酒とか、家庭ではどうやって使っているのだろう。料理酒?

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珠江橋牌の豉味玉冰燒もお土産等で偶に買い、飲んでいる

廣如意老酒莊

 広如意老酒荘は深水埗北河街を駅から南西に少し歩いた先にある。深水埗は電化製品を中心に露店が立ち並び、雑然とした賑わいがある街だが、北河街市を過ぎ、荔枝角道を渡ると人気もあまりなくなり、老人が路上に疎らに佇んでいるだけのエリアに至る。

東莞佬涼茶。置いてある涼茶の種類も多く値段も惠民

 そばには東莞佬涼茶という渋過ぎる涼茶舖もあり、一帯が渋過ぎる。上裸の「東莞佬」が竿秤で中薬の目方を測る様子を眺めながら涼茶をしばけるぞ。

外観写真撮り忘れたのでストビューから

 廣如意老酒荘はいかにも下町の酒屋さんといった風で、薄暗い店内には所狭しと洋酒や中国酒が並べられている。本当にここでお酒作ってるとは思えん見た目をしている。

 玉冰燒は量り売り、1斤40ドルとのことだった。昔は瓶詰めで売っていたようで、当時のラベルが店内に貼られていたが、今では自分で容器を用意して持っていくしかない。店頭でプラコップに入れてもらって飲むこともでき、完全に角打ちである。僕が伺った時には香港人の写真家グループ5名がちびちび飲まれていた。

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店内に残されたラベル。桃を手にした仙人(壽星?)が描かれている

 今回自分はお土産にしようと考えていたのだが、瓶詰で売られていないと現地で気付いた。老闆は「その辺の水買うて空きボトルに詰めたらええ」とおっしゃられたのでvitaの蒸留水を買う。「勿体無いから今全部飲みなはれ」と言われるまま、練習後の運動部員みたいに一気飲みすることに……でもボトルに口つける訳にはいかないから同行者が腕を目一杯伸ばした足元に屈み、大きく開けた口に500mlの水を注ぎ入れた。旅行者が炎天下の店先で突然逆マーライオンになっているので、他のお客さんもザワつく。

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深水埗製玉冰燒の貴重なボトル詰めシーン

 ボトルが空いたのでいよいよ玉冰燒を詰めて貰う。老闆のおっさんはおもむろに漏斗を取り出すと、陳列棚に乗っかっているタジン鍋みたいな蓋を取りはずす。そこには深淵がのぞいていた。棚に玉冰燒を寝かせている甕が嵌め込まれていたのだ。その細い口から柄杓で器用に酒を汲み出し、ペットボトルに注ぎ入れてくれる。

 港人グループは自分が水を一気飲みしてる辺りからソワソワしていたのだけど(古洞の醬園を見学した時の写真を見せて貰った、超羨ましい)、それはこのシーンの写真を撮りたかったからみたいで、一気に撮影会じみてきた。写真は撮らなかったが、真っ暗の甕の中に「陳年」の豚ブロック肉がぼんやり浮かんでいるのも見せて頂いた。ボトル1本に詰めてもらって20ドルだった。

自釀玉冰燒、その味

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心配になる見た目。試飲してくれた友人も「見た目に緊張感があった」と言っていた

 こうやって持ち帰ってきた廣如意老酒莊の玉冰燒。以前蝦醬でやらかしているので預け荷物が玉冰燒の芳醇な香りに染められる心配もしていたが、なんとか無事だった。蒸留酒とはいえ流石に常温保存は心配なので冷蔵庫にしまっておきながら、ちょいちょい飲んでみた。

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トルコチャイのグラス、何にでも合うので便利

 比較対象が珠江橋牌豉味玉冰燒しかないのだが(いずれ佛山の酒蔵を訪ねたりしてみたい)、珠江橋牌のものにあった独特の枯れ草のような香りが薄く、相対的に豚肉から溶け出した脂の甘い香りとまろやかさが強く感じられた。これがあるために蒸留酒本来のアルコール感のキツさがかなり和らいでいて、非常に飲みやすい。白酒としては恐らくこれも「豉香」型なのだろうけど、どういう香りが豉香味とされうのかは分かっていない。嚥下すると一瞬香りが上ってくるがサッと消えていくので、しつこさも感じない。

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潮州料理宴@大珍楼

 滷水もあるということで先日の潮州料理宴会にも持ち込んで、同席の方々にも試して頂いた。不審者が鞄からいきなり蒸留水のボトルを取り出して注いでまわったので、大分恐ろしい体験になったかもしれないが(ご迷惑をおかけしました)、旧ソ連圏によく行く人々に「サーロを感じる」と言われて嬉しかった。また北河街へ詰めて貰いに行こうと思った*2。今度はもっと怖がられない容れ物を用意して……

*1:これは溝の口西口商店街の焼き鳥屋さん「いろは」でホッピーを頼むと配られる、「ナカ」を詰めた栄養ドリンクの空き瓶に貼られている謎のシールの文言です

*2:この「自釀」玉冰燒であるが、実際どこまで「自釀」なのだろうか、小規模の酒造にはどのようなライセンスが必要なのだろうか……次はもっと色々尋ねてみたい。