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中華と酒と銭湯と

昭和の終わりの新界旅行

 書架の整理中、親が香港旅行の際に購入したであろう観光ガイドが出てきた。ブルーガイドパック編集部『香港・マカオ〈パック・ワールド05〉』(実業之日本社、初版昭和57(1982)年、手元にあるものは昭和60(1986)年の第2改訂版)。

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ブランド店ばかりに下線が引かれている

 

 当該ガイドブックは意外にも新界New Territories*1にも紙幅を割いていた。pp. 37-44が新界のガイドになっている。当時の基本的な観光スポットが把握できるので、本記事ではこのガイドブックからバブルでブイブイ言わせていた日本人が、新界地域をどう巡っていたかを見ていこうと思う。

 もっとも、当時の感覚として「九龍半島サイドは治安が悪い」という認識があったり、そもそも自由時間が少ないツアー観光が主流(自由時間はショッピングに費やされる)だったりという状況を踏まえると、この本を片手に実際に新界へ足を踏み入れた観光客はあまり多くはないのでは、という気もする。

 

 「新界主要部」と題された地図には、新界の主要な市街地として荃灣、沙田、西貢、大埔、粉嶺、上水、錦田、元朗、屯門が示されていた。飛行場建設前の大嶼山は見切れている。このガイドブックでは、新界を東部と西部に分けて紹介していて、北部を例外として山脈が東西を分断しているので、感覚的にも分かりやすい。

 

新界東部

 新界東部の見どころとしては、沙田、大埔、西貢半島、粉嶺・上水、落馬洲が掲載されている。

沙田

 「計画都市」沙田は古くから豆腐料理や海鮮、鳩料理で知られているとし、馬場(1978年〜)や萬佛寺、曾大屋といった寺院や史跡、奇岩や新城市廣場のヤオハンを紹介する。意外なのは車公廟の掲載がないことで、これは馬場の設置から日が浅く、当時はもっとローカルでクローズドな信仰の場だったためだろうか……現在の車公廟の廟宇は1980年代初頭、観光開発として新築されたものらしく(その後華人廟宇委員會が1994年に大規模増築)、編集時にはまだ完成していなかったのかもしれない。

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龍華酒店(2022年)

 鳩料理については龍華酒店が案内され、「4人で紅燒石石岐鴿皇など鳩料理3品、豆腐、牛肉料理各1品でHK$340デス」とある。今は1人200ドル台だと思う。海鮮は、恐らくは沙田畫舫(現・水中天)を念頭に置いているのでは、と思ったが、初代沙田畫舫(1963~1984)はニュータウン開発に伴って出版当時既に衰退しており、記載は無かった。

大埔

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富善街(太和市)

 「新界東部の商業の中心地」大埔については富善街(太和市)の商店街に加え、「海沿いの小販市場bazaarでは昼前と夕方に食料品、漢方薬などの市が立ち賑やか」などとある。大埔の小販擺賣市場の場所は定かではないが、海沿いとあるので廣福道の林村河河口付近に露店が出ていたのだろうか……今ではあまり海鮮のイメージは希薄だが、「漁港だけに小食堂でも海鮮料理は素朴でうまい」という。

 見どころとしては中文大学の文物館を紹介。初版出版から1年後には駅舎が現在の場所に移転しており、富善街に面する旧駅舎は1986年末に鉄路博物館として開放される。タイミングが悪かったためか、掲載されていない。

 同様に、初版出版時にはギリギリ現役だった大埔滘站向かいの鐵路碼頭からは、当時吐露港を一周する遊覧船が出ていたようだ。

西貢

 西貢半島は「秘境と呼ぶにふさわしい大自然がいっぱい。観光客も少ない」。水上スポーツやハイキングコースの案内の他は、邵氏電影城(団体のみ見学可)と上窰民俗博物館を紹介。現在では定番の、碼頭沿いのレストランで海鮮を食べるという選択肢は当時は無かったのだろうか。自分はミニバスで帰った先の牛池灣で食べることのが圧倒的に多かったが……

mounungyeuk.hatenadiary.jp

粉嶺・上水

粉嶺圍

粉嶺圍(2019年)

 駅周辺は高層化(ニュータウン開発)が進行中。ゴルフ場のほか、粉嶺では駅近くの古い町として聯和墟を紹介。粉嶺~大埔間の浄水施設のパイプについても触れている。上水は「石屋根の中国風建築の家々、黒い詰襟服を着た女性などが印象的」とある。客家の装束だろうか。当時は鄧氏が観光整備をしていなかったので、龍躍頭周辺村落は「発見」されていないようだし、彭氏の粉嶺圍の紹介もない。大宗族のコミュニティは、今以上に閉鎖的だったのかもしれない。

落馬洲

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コロナ鎖国中に「北望神州」しに行った落馬洲瞭望台(2020年)

落馬洲瞭望台。嘗ては竹のカーテンの向こう側を眺められる人気観光スポットであったものの、ガイドブック出版時にはすでに改革開放が始まっていた。「近年、中国への入国も緩和され、展望台の賑わいは以前ほどでもないが、観光客は必ず訪れるポイント」らしい。当時展望台周辺の売店では編み笠(HK$20)や民芸品が売られ、涼帽を被った客家農民の写真モデル(HK$1~2)がいたそうだ。望遠鏡のレンタルもあり、HK$2。同様の「国境の街」として沙頭角も紹介されている。

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蠔殼圍(2020年)。邊境地帯は今でもバチボコに景色が綺麗なんである

新界西部

元朗・錦田

 元朗・錦田を纏めてあっさりと紹介している。九広鉄路英段が利用できる東部に比べると交通の便が悪いためだろうか。元朗は籐製品や民芸品が格安で、中心市街地にある「小販市場の露店市もみもの」。

錦田

吉慶圍(2019年)

 しかし、錦田に言及があるのは現在とは趣が異なっていて面白い。錦田は吉慶圍と錦慶圍の2つの圍村を紹介している。それぞれ入場料HK$1のほか、吉慶圍にも老人の有料写真モデルがいたそう。落馬洲からであれば行きやすく、錦田市からのアクセスも良好だったためだろうか。昔は落馬洲とセットでここに立ち寄る観光客も多かったのだろう(自分も初めて錦田を訪れた際は「圍牆が完全な形で残っていて感動」と書いてあり、吉慶圍感動XX歳になっていたらしい。近隣に遺跡も多く、西鐵でも行けるのでおすすめ観光地の一つだ)。

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流浮山(2020年)

 「足をのばせば」として流浮山を紹介。カキ・エビ・カニ料理が安いが「近年は海洋汚染で往時ほどの規模はない」。具体的店名としては裕和墟〔ママ。塘の誤記〕酒家を紹介。裕和塘は1900年代に始まる牡蠣養殖の老舗で、1960年代に流浮山公路が出来ると牡蠣料理のレストランの経営を始めた*2。白灼生蝦や清蒸鱲魚が美味しいとした上で、牡蠣料理は「食通には喜ばれていマス」としている。鯉魚門もそうだけど、かつて海鮮で名を馳せた観光地の今現在の独特の鄙び方はなんなんだろうか。自分は城ヶ島みたいで落ち着くが……

その他

 青山灣(屯門)については龍珠島と容龍別墅、青山禅寺、青松觀を紹介するのみ。工業地帯としてもっと元気だった頃の荃灣についてはもっと可哀想(?)で、「町はホコリっぽい」「くすんだ感じ……*3」ということである。やはり工業地帯だから、そんなに観光に来るような場所ではなかったのだろう。

 

 

*1:ここでは、新九龍New Kowloonを含まない狭義の新界を指す

*2:現在既に閉店しているものの、2017年時点で跡地が残っているらしい。https://m.facebook.com/yuenlongrunningtour/photos/a.517574275067444/749423781882491/?type=3&locale=hi_IN

*3:通勤時は約10万といわれる若い女工員の行き来で、街路は花が咲いたようデス、とのこと……