亞的呼聲 Adiffusion

中華と酒と銭湯と

フイルムの似合う街、峇株巴轄(バトパハ)

峇株巴轄

久々の更新になりますが。先日、一週間かけて
星加坡(~新山)~峇株巴轄〜麻六甲~檳城
マレー半島西岸を縦走した。

 理由としては一度出境しないとと考えていたことと(あと、アリバイ的にシンガポールに用事を作った)、ちょっと香港から離れてみようと思ったからだった。数ヶ月前に書いた記事で「元朗でのんびり」とか抜かしているが、記事を書いた直後に元朗は一気に「政治化した市區から隔絶されたスローな街」ではなくなってしまった。今や港島から新界、便所の落書きから飯屋の口コミ、Tinderのプロフィールに至るまで凡ゆるものが政治化し、分断が可視化されている。

 というわけで、リフレッシュを兼ねていたものの最初に到着した星洲で息の詰まりそうなほどの街並みの過剰な整備具合に結構萎え(あとプラナカン博物館が休館中だった)、新山のチェックポイントのダメさ加減によって完全に心身を消耗した果てにたどり着いた峇株巴轄はまさに、死後の世界だった。

 人間は死後、この世で善を為したものは峇株巴轄の茶餐室に、悪を為したものは新山のチェックポイントに行くことになると思う*1。ところで死というと、最近眼鏡、時計、小銭入れと相次いでお亡くなりになっており、生活の上でかなり厳しいことになっている。

 今回の旅でも、峇株巴轄2日目にRICOH GRⅡが突如故障し、レンズカバーが開かなくなってしまった(液晶や内蔵プログラム自体は生きている)。というわけで、旅の後半は4年選手のiPhone6Sと、たまたま入れておいたOLYMPUS PEN EES-2を使っていくしかなくなってしまった。
 OLYMPUS PEN EES-2はゾーンフォーカス、セレン光電池による自動露出がついた、非常に簡便なハーフカメラだ。ハーフカメラなので通常の2倍撮れる(36枚のフィルムなら72枚)のだが、使うつもりがなかったので入れっぱなしだった残り撮影数10枚のフイルム*2だけで頑張るしかないということに。

 マレーシアではあまりフイルムを使う人がいないようで、峇株巴轄、麻六甲では全てのカメラ屋・プリント屋で「去星加坡/吉隆坡才有(シンガかKLに行けばあるよ)」と言われる始末。旅の最後、檳城の古いカメラ屋街で漸く見つけるに至った。

 ここではどの店もフイルムが1本28RMということで、帰ってみると香港の2倍近くした。マレーシアは需要も少なく、フイルムの流通自体が限られているが故の値段なのだろう。全く使わないにせよ、予備のフイルムは1本くらい持っておくべきだった。

 というわけで、以下は峇株巴轄で撮影し香港にて現像・スキャンしたものである(OLYMPUS PEN EES-2 + Kodak Colour Plus 200)。香港の物価はなんでも高いので料金を心配していたが、フイルムと現像に関しては台湾とそんなに変わらないくらいで、日本より全然安かった。2時間のスピード現像。

 久々だったのでゾーンフォーカスの感覚などを忘れてしまっており、結構ミスも多かったが、ハーフ独特の縦長のフレームやGRⅡ以上に足で稼がなければならない感じ、ウロウロ歩いて画角を決めていく感覚はやはり撮っていて楽しかった。ただ、現像してわかったが、自分の体のいがみなのか結構右に傾いたものが多い……今後もバシバシ撮っていきたい。

峇株巴轄 

 峇株巴轄(Batu Pahat, バトパハ、バトゥパハ)。後背地にゴムプランテーションや繊維産業、鉱山を擁し、戦前期に繁栄を極めた港町だったようだ。その時代で街並みが固定したままゆっくりと朽ちていっている。水運で栄えたところも含めて、自分はずっと茨城の水海道を連想しながら歩いた。

峇株巴轄

金子光晴『マレー蘭印紀行』の御蔭で日本人のいた街という印象が強いが、圧倒的に華人商人の拓いた街であるように感じられた*3

 峇株巴轄

 本当に、観光地然とした見所というものは全く存在しない街だけど、うだるような陽光がすべてをゆっくりと溶かしつつあるような街並みに紛れて、騎樓の日陰でシーリングファンの風にあたりながらkopiを飲むのには最高の街だと思う。

峇株巴轄

 この街の騎樓の角地には(角地でなくても)大体茶餐室kopitiamがあって、ぼーっと過ごすことができる。これが観光のメインコンテンツだろう。この茶餐室、福建系・海南系が始めた業態で、元は飲み物とせいぜいトーストくらいの軽食を提供するだけの空間だったのが、周辺にあった軽食の屋台を取り込んでメニューの多様化が図られた。
 今でも多くの店で屋台の会計と飲み物の会計が別のところが多く、場合によっては屋号も別にあったりする。さながら葉緑素とかミトコンドリアみたいだなと思う。

峇株巴轄

現像してみて改めてフイルムの似合う街、だと思うが、これはやはり峇株巴轄の独特の朽ち感(住民に失礼な気もするが)、いい意味で放ったらかしになっている街並みが存在しないノスタルジアを喚起させるのだと思う。發展商の跋扈する香港やガチガチに(態とらしく)整備された星洲とは違う力の抜け具合、世界遺産の麻六甲、檳城とも異なる煤けた安心感。またここに来て、kopiのグラスに入った氷が溶けていくのをぼけーっと眺めたい。

峇株巴轄

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*1:今の峇株巴轄の様子については、akiramujina (@akiramujina)さんやらぶあーす (@lovearth)さん、あと自分のツイートとか見ていただければ…

*2:36枚フイルムを突っ込むと、72枚撮らなければ現像できないのでこういったことになりやすい。今回現像したら2年前の朝鮮大学校の文化祭の写真が出てきた。使わなすぎ

*3:中公文庫あとがきによれば、峇株巴轄河の碼頭に隣接する日本人倶楽部は集僑倶楽部の建物に間借りしていたようだ