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ニュージーランドのチャイナタウン: NZ華人コミュニティの歴史と現在【後編】

はじめに

ご無沙汰しております。
桜も散り始め、そろそろ新年度を迎えようとしている今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。

前回前編↓をアップしてから結構経ってしまったのですが、後編もやっていきます。

mounungyeuk.hatenadiary.jp

 後編では、AucklandはDominion Road一帯に所在する新興のチャイナタウンについて、歴史や概要を、実地で撮影した写真を紹介しながら解説していきたい。

 このDominion Rd.のチャイナタウンに関しては、すでにCAIN, TrudieほかHalf Way House: the Dominion Road Ethnic Precinct, Auckland: Massey Univ. and Univ. of Waikato, 2011.において、店舗の分布のほか聞き取り調査によって出生地や消費行動なども詳細に明らかにされているので、適宜これを参照する。というか、これ読めば大体は理解できる。この記事のオリジナリティは写真の多さと日本語による紹介の2点に尽きるわけだ*1
 構成としては、まずDominion Rd.の位置関係や歴史を紹介し、続いて、どういう人々がどんな店をやっているかを写真を使いながら紹介していく。

Dominion Rd.の概要

当該地区はDominion Rd.とBalmoral Rd.が交差する辺りに位置する。AKL中心部との位置関係は下の地図を拡大していただきたいが、およそ5kmほど離れており、バスを使うと15~20分ほどで到着する。

周辺はいかにも郊外の住宅地といった風情で、California bungalow様式のいかにもな住宅が並んでいる。商業地区はDominion Rd.とBalmoral Rd.との交差点周辺に広がり、Balmoralと言われているようである。ここがAKLで現在もっとも成長著しいチャイナタウンの一つとなっている。正直中心部の街中でも中華系の物産展や料理店に幾らでもエンカウントできる環境にあって、このチャイナタウンの特殊性はどこにあるのだろうか。そういう疑問もあって実際に足を運んでみることにした。

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Dominion Rd.の歴史

 その前に、Dominion Rd.の商店街が発展したきた経緯をざっくりと確認しておこう。19世紀半ば、マオリの首長Ngati WhatuaがAuckland近郊のこの土地をイギリス国王に献上した。Crown landとなったこの土地は競売にかけられた後、しばらくは農耕地として使われていたが、1860年代以降農耕地が再分割されて郊外住宅地としての発展を始めたようである。
 前編でも軽く紹介したように、Aucklandは20世紀初頭から郊外の発展が始まり、公共交通機関が延伸してくる。これに伴い商業施設がDominion Rd.沿いのBalmoral地区に進出してきた。現在の見られる町並みは大体この1920s~30sの建物である。

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Balmoralの商店街。映画館もあるような繁華街だった。この映画館は今も現役である。
 アジア系の商店については1970年代からアジア系のビジネスが進出していたが、90年代以降に新移民が進出し、この商業地区はアジア系、特に中国系を中心としたチャイナタウンへと変貌していく。理由としては、郊外の安いテナント代や、近隣に多民族コミュニティが存在していたことが挙げられる。

Dominion Rd.の人々

 ここで生活する人々について、Cainらの行った2010年の消費者調査によると、出生地の43.2%が中国、NZ生まれが29.5%、6.8%がインド生まれ、4.5%がUK生まれ、全体として45.5%が中華系を自認していた。実際歩いてみると、インド系もかなり多いものの*2、圧倒的に華人が多く、現在はこの調査以上に華人が増えているのでは、という印象であった*3
 その中で、華人の消費行動の特徴としては、他のルーツの人々と比べ、飲食目的でここを訪れている人々が多いということが挙げられている。「飲食は文化の実践において重要な焦点となっている。飲食は家族や友人と集まる機会を提供し、また中国で生まれた人々が、自身の文化的・言語的コミュニティにおいて日々の社会的実践を続けることを許している*4」。
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「记忆中的美味!」……ここの四川料理で故郷の思い出を振り返り、コミュニティの紐帯を深めている四川人もいるのかもしれない。

Dominion Rd.の飲食店

 というわけで、この商店街においては飲食が何よりも目立つ存在である。インド料理や韓国料理、スシバーなどもありつつ、量や種類において中華料理店が圧倒的な割合を占めている。一例を挙げると、

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 怪しげな蘭州拉麺店に、
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周黑鸭のポスターが貼ってあって怪しい鴨脖・武漢料理店。
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湖南料理店に、
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西安
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新疆、
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北方感のある粉物専門店、
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「少林」とあるのはやはり河南省系だからなのか?HALAL認証を掲げた烩面や拌面などの麺食店。
 以上のように、規模は小さいながら、池袋や西川口にも負けないバリエーションを誇っているのがお分かり頂けよう。本来であれば全てで食事を致したかったが、自分が回れたのは2店のみであった。以下に紹介する。

①一麻一辣(Hot & Spicy Pot)

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四川料理の麻辣燙など、煮込み料理を供する店である。香鍋、麻辣燙、冒菜、醬香鍋の4種類の調理法の中から選んで、
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野菜、海鮮、肉類をボウルに適当に取っていく。活き貝以外は3NZD/100g換算で清算。今回は冒菜を食べるつもりなので根菜やキノコ、センマイなどを重点的に放り込んでいく。辛過ぎると辛いので、香鍋の方で炭水化物も摂ることにした。20180306-135852-169
 3時までの注文で白飯無料である。また20NZD以上使うとソフドリも1杯サービスになる。王老吉や北冰洋もあり(1缶3NZD)、辛いものを食う機運がモリモリ高まっていく。
 暫く待っていると煮込まれたものがテーブルに届く。香鍋(微辣)と冒菜(重辣)…丼のデカさを見て欲しい。この時は具を入れすぎて一人頭13NZDとかになってしまったが、8NZDあれば満腹であろう。
 このお店はかなり内装が綺麗で、1テーブル3~6人のグループで賑わっていた。注文方式の難解さやあまりの辛さからだろうか、店内は華人系しかいなかった。これほど辛い食べ物はAKLでは中々食べられないので、辛さに飢えていれば必ず訪れるべきだろう。

②Meet Fresh(鲜芋仙)

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外観の写真を撮り忘れたのでストビューから…
スイーツの店で、ここは近郊に数店舗支店があるようだ。

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店内は今風のカフェっぽい感じで(西川口の街角小桟系統のあれです)、女性服務員2名で回していた。店内にはYoutubeから延々林俊傑の動画が流されており、wi-fiも飛んでいる。招牌紫米9NZDを注文した。ボリューム十分で優しい甘さ。

Dominion Rd. の文化施設

もちろん飲食店だけではなく、華人住民が生活する上で欠かせない施設も所在している。確認できたものだけであるが、いくつか紹介したい。

①新西兰华文书店(New Zealand Chinese Book Shop)

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この地区で唯一営業する書店。東野圭吾から国务院新闻办公室会同中共中央文献研究室、 中国外文出版发行事业局編『习近平谈治国理政(習近平国政運営を語る)』まで、中文の新刊本が並んでいる。NZの中文新聞『先驅報』についてもここで入手可能だ。
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店頭では、古くなった雑誌をタダで配っていた。『求是』の英語版が出版されていたのは知らなかった。『中国画报』英文版の2017年12月号、トランプ訪中特集をゲット。
池袋の聞聲堂書店と同様、こちらの書店も奥に談話スペースが設けてあり、当日も何か読書会が開かれているようだった。

②竹書閣 基督教資源中心(bamboo resource centre)

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華人の宗教生活の中でも、キリスト教の存在感はかなり高い。この店舗は、書店というよりはNZ宣教資源中心の実店舗みたいな感じであった。宗派については余りよく分からない。こだわりなく宣教しているのかもしれない。彼らの発行する『晨星月報』もここで入手できる。

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 プロテスタントっぽい飾りのほか、聖書を使った語学教材、絵本などが置かれている。店主らしき女性は香港から移ってきた人だった。
 このBalmoral地区にはカトリック聖公会セルビア正教、バプテスト、安息日再臨派、サモア会衆派、福音派、独立教会、モルモン、トンガの長老派など、多様な教会が密集している。この内いくつかはAll NationやInternationalとあり、華人も多く礼拝しているようであった。このほか、華語やイージーイングリッシュで説教をしている華人教会もAKL市内に多くあるようだ*5
 その他の宗教に関しては、Bharatiya Mandirというヒンドゥー教寺院があり、こちらはヒンドゥーコミュニティのための文化施設も兼ねたものになっている。
 モスクはBalmoralより少し離れた場所にDarul Arqam Masjidが所在しており*6、こちらはスリランカも含めた、ヒンドゥスタン系の飲食店が密集した地区になっているようだ。

その他の店舗

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雑貨店のほか、この地区ならではのものとして、漢方薬局や、

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茶行が所在していた。北京同仁堂は清代からある漢方の老舗で、ここはAKLでは北京同仁堂(奥克兰)有限公司が出した5番目の分店であるらしい*7。飲食店に限らず、以上のように文化施設・商業施設のバリエーションも広いのは特徴的だ。

おわりに

 以上Dominion Rd.沿い、特にBalmoral地区に形成されつつあるチャイナタウンの現状について見てきた。自分は中華圏の外側のチャイナタウンについて、日本の他はLondonのSoho地区くらいしかまともに見たことがないのであるが、このような郊外住宅地に展開するチャイナタウンはかなり興味深いものだった。
 西川口もそうだが、元々多様な人間が流入して出来て行った郊外であればこそ、新移民がコミュニティを根付かせうるニッチが存在するのかもしれない。それにしても、かなりいなたい郊外にあって(そもそもAKL自体がかなり田舎臭い街なんだけれど)、華人が展開する飲食店やその他施設のバリエーションの多さには大変驚かされた。
 AKLは中心部にも華人が多く生活し、雑貨店や料理店も山のようにあるのだが、華人が態々ここに来る意味が確かに存在していた。中心部は広東系が強く、料理店の種類もここまで多くない印象であったが、ここに来れば故郷の味、故郷の言葉に触れることが出来るのだ。石川啄木上野駅に行くような感じで、レジャーとして立派に成立していると思う。我々日本人が余所の国に行った時にこのような「帰省」を楽しめるところは果たしてあるだろうか。偶にはあるといいなあ…

*1:ただ、Cainらの調査では、China-bornはChinaで一括りになっているので、本記事の店舗紹介においてはより中国内部の地域的なバリエーションについても意識して紹介するよう努めた。

*2:レストラン数軒のほか、酒屋、床屋、映画館などはインド系によって経営されているようであった。

*3:とはいえ、調査者が指摘するように、人種間の通婚や出生地の違いによってアイデンティティが重層的になってきており、こうしたエスニック・アイデンティティの調査自体が次第にナンセンスになってきている。

*4:Cain et al., op.cit., p. 26

*5:Bamboo Resource CentreのHPに一覧があり、検索が可能だ。奧克蘭(Auckland) – Bamboo Resource Centre

*6:同名のモスクが浅草にありますね

*7:〈企业快讯〉,《同仁堂集团报》第277期,2015年,2018年3月30日閲覧