亞的呼聲 Adiffusion

中華と酒と銭湯と

「銭湯と横浜」展に行った

はじめに

 標題通りの内容です。最近、都内への定期券が失効したため専ら横浜市内で活動することが多くなっている。我々港北の民は、ともすれば「横浜都民」と揶揄されるほど東京との結びつきが強い人種なのだけど、たまには横浜市歌の響き渡る市営地下鉄に乗り、柳宗理デザインのアレコレを愛でながら愛港心を涵養しようというわけである。
ということで、先月この↓ツイートを見て、

横浜のど真ん中と地元港北で銭湯にまつわる企画展を同時開催していると知ったので、そのどちらにも行くことにしました。連動企画ということもあり、両展示の差異と工夫がわかって楽しかった。

①横浜開港資料館「銭湯と横浜:“ゆ”をめぐる人びと」

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 英国領事館跡を利用した博物館。開港以来港都を見守り続けている中庭の玉楠や、領事館壁面に残された薩英戦争の記念パネルなどが有名。

入場料200円。文書中心の展示のため、撮影不可。

 展示内容としては、行政文書、新聞・雑誌、県人会名簿などの文書資料を中心として、開港場以来銭湯が歩んだ歴史と、そこに携わった北陸三県の人々のネットワーク、綱島温泉の盛衰の3つを主要テーマとして概観している。
 元々柘榴口のある蒸し風呂だった江戸時代の湯屋が、明治に入り次第に温泉風の広々とした浴槽タイプに変わっていき、各湯屋も差別化のために全国各地の湯の花を購入、そうした中でバスクリンも誕生していくという、今の家風呂にも強く影響を残している変遷が分かり、非常に興味深かった。
 戦後は狭い団地の台所やベランダの片隅に簡易浴槽を設置するくらいに風呂に執着していく我々日本人であるが、我々のイメージする風呂の形が出来上がってからはあんまり時が経っていないのかもしれない。近代銭湯には各地の温泉の影響が強いように見受けられたが、明治に入り、飲用など西洋式の温泉治療が導入されて温泉の価値が再発見されていったことと連動しているのだろうか。
 温泉といえば、こちらの展示では自分がめちゃくちゃ好きな綱島温泉についても重点的に取り上げられていて良かった(銭湯、という位置づけからはややズレているとおもうけど)。「奥座敷」として華やかなりし頃の写真や旅館で実際に使用されていた品々を見ることができて大変満足です。
 撮影不可だったのもあり、図録を購入。図録は港北の展示内容も収録されているので、どちらか片方しか行けない人は絶対に買った方がいいです。

会期: 平成30年1月31日(水)~4月22日(日)
開館時間: 9:30~17:00

横浜市歴史博物館「銭湯と横浜:ちょっと昔のお風呂屋さんへようこそ!」

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 横浜市の小学生は必ず数度の社会科見学で訪れる「歴博」。港北NT造成中に発見された大規模な環濠集落「大塚・歳勝土遺跡」の隣地に、ニュータウンの中心地であるセンター北・南のちょうど中心に、国会議事堂を模した姿で建てられている。環濠や竪穴式住居、高床式倉庫が再現された遺跡公園も面白いので、是非お越しください。

入場料は企画展は無料。太っ腹ですね。週末は担当学芸員の方による30分ほどの解説ツアーがあり、今日はこちらに参加してきた。

 開港資料館の展示では幕末〜終戦までの文献が中心だったのに対し、歴博では戦後の非文字資料(モノ資料)が多め。非文字資料や体験型の展示が多いこともあり、撮影は名簿等の一部を除いて自由だった。金沢区港栄館、戸塚区の矢部の湯を中心に、廃業した銭湯から寄贈されたものを展示しており、子供でも楽しんで観覧できるような工夫が凝らされている。 

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 去年廃業の矢部の湯で廃業まで使われていたマッサージ機を実際に使用できるほか(3分20円)、矢部の湯の番台に実際に上がり、番台VRにより合法的に男女両方の更衣室を眺めることが出来る。笑 このマッサージ機、意外とパワーがあって気持ちが良かった。使っていると、子供さんが興味深そうに囲んでくるので3分間が結構長く感じられる。とはいえ、今までで一番気持ちのいい体験型展示であるのには間違いないです。
 展示のメインビジュアルに使われている白黒写真を撮った方の「終湯(しまいゆ)」というシリーズ写真(開港資料館所蔵)の展示があり、当時の銭湯で働く人々の活気が伝わってきた。中乃湯(西区)の終業後の作業風景を撮ったものらしいが、僕が時折足を運ぶ綱島は太平館のご主人が当時修行に来ていたらしく、かっこよく写されていて面白かった。これも学芸員の方がキャプションをつけて説明されているから分かることで、当初銭湯の名前くらいしか明らかでなかった写真を手に、当時を知る関係者を探し出してお話を伺っていくというのは大変なことだったろうと思う。
 出色なのは横浜の銭湯最盛期である1968(昭和43)年の銭湯所在地を地図に落とし込んだもので、その分布傾向が瞭然としている。学芸員の方のお話だと、当時はあまりにも普通に銭湯があったので、態々地図を見て行くような存在ではなく、組合もマップを作成していなかったそうで、この地図は学芸員の方々が市内の住宅地図を参照して手作業で作られたものだそうだ。これは是非展示に足を運んで見てほしい。
 分布傾向であるが、自分が以前作成した(現在も更新中)神奈川角打ちマップと似たような傾向があった。

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要するに、低地の戦前以来の密集した住宅地、沿海の工業地帯に多く分布している。角打ちをキメて銭湯に浸かる営為の“正しさ”が証明されてしまった。因みに、歴博のある都筑区は、有史以来銭湯ゼロである。学芸員の方曰く、市内の銭湯は大体2ヶ月に1軒ペースで廃業しているらしく、行けるうちに色々回って見ないと絶対に後悔するな、という思いを強くした。

会期: 平成30年1月24日(水)~3月21日(水祝)
開館時間: 9:00~17:00

雑感

 開港資料館は文書資料中心、歴博は非文字資料を中心に展示をしており、幅広い層を対象に企画が練られていることに感心した。
 本企画展では、都市における公衆衛生インフラとして、銭湯が横浜という都市の発展に寄与した役割を強調する。そこには近年銭湯に関して「昭和の文化遺産」「コミュニケーションの場」としての役割ばかりが注目されているという背景がある。
 尤も、そうした風潮は銭湯がインフラとしての歴史的使命を終えつつあることと表裏をなしているのだろうし、こうした企画展が催される事自体がその趨勢を物語っていると思う。もはや博物館に収蔵され、展示される対象になってしまったわけだ。
 自分は銭湯が好きなので、せめてお気に入りの所には頻繁に通わないとなあ、と思った(それでも毎日は無理なんだけど)。
 あと、プレスリリースを見たらシンポジウム、関連講座や綱島温泉の史跡散策などの企画も予定されていて、かなり興味が湧いた。行きたい。