亞的呼聲 Adiffusion

中華と酒と銭湯と

加山雄三と『蝿の王』: 三番瀬で豚を丸焼いたこと

未来の大戦中、ひょんなことから疎開地へ向かう飛行機が墜落し、若大将(演: 加山雄三)は南太平洋の無人島に置き去りにされてしまう。最初こそ協力し合っていた若大将たちであったが、青大将(演: 田中邦衛)は食べ物などにも不自由しない島で自由に生きることを望んで、独自に狩猟隊を結成する…

今週のお題は「お花見」 らしい。

ということで、というわけでは全く無いが、先日桜がいい感じだった時に桜の一本もない埋立地に行き、悪魔崇拝的な儀式に参加してきた話をする。標題からして桜感は皆無だろう。

豚や機材の搬入、及びその他の飲食物の買い出しを行うため、自分は主催者の暴力ちゃんTwitter: @okumuratorucc)から人足として徴用され、前日は飯場で他の作業員とともに食事をした。
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 飯場に火鍋底料があるというので火鍋をやることになった。新大久保の中華スーパーやまいばすけっとで食材を用意して(この羊肉は日光総本店で買ったが華僑服務社と比べてかなり割高だった、以降このような失敗の無いようにしたい)、いい感じに火鍋を楽しんでいたのだけれど、
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不注意なオタクばかりなのでこんなことになってしまった。オタクと居ると健常界では有り得ない超常現象が起こります。ともあれ、鉄分は摂れたし火鍋はとても美味しかった。家庭でする火鍋、本当におすすめですよ。

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チャイナタウンから見る、NZにおける華人コミュニティの歴史と現在【後編】

はじめに

ご無沙汰しております。
桜も散り始め、そろそろ新年度を迎えようとしている今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。

前回前編↓をアップしてから結構経ってしまったのですが、後編もやっていきます。

mounungyeuk.hatenadiary.jp

 後編では、AucklandはDominion Road一帯に所在する新興のチャイナタウンについて、歴史や概要を、実地で撮影した写真を紹介しながら解説していきたい。

  • はじめに
  • Dominion Rd.の概要
  • Dominion Rd.の歴史
  • Dominion Rd.の人々
  • Dominion Rd.の飲食店
  • Dominion Rd. の文化施設
  • その他の店舗
  • おわりに

 このDominion Rd.のチャイナタウンに関しては、すでにCAIN, TrudieほかHalf Way House: the Dominion Road Ethnic Precinct, Auckland: Massey Univ. and Univ. of Waikato, 2011.において、店舗の分布のほか聞き取り調査によって出生地や消費行動なども詳細に明らかにされているので、適宜これを参照する。というか、これ読めば大体は理解できる。この記事のオリジナリティは写真の多さと日本語による紹介の2点に尽きるわけだ*1
 構成としては、まずDominion Rd.の位置関係や歴史を紹介し、続いて、どういう人々がどんな店をやっているかを写真を使いながら紹介していく。

*1:ただ、Cainらの調査では、China-bornはChinaで一括りになっているので、本記事の店舗紹介においてはより中国内部の地域的なバリエーションについても意識して紹介するよう努めた。

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チャイナタウンから見る、NZにおける華人コミュニティの歴史と現在【前編】

  • はじめに
  • Aucklandの概要/屋崙市簡介/奥克兰市简介
  • NZの移民政策とAuckland/奥克兰与新西兰的移民政策
  • NZ華人の移民史/紐西蘭175年華人移民史
  • AKL華人社会の展開/屋崙華人社會

はじめに

 野暮用で2週間ほどニュージーランドNew Zealand, NZ/紐西蘭, 新西兰)に行っていた。
 初の南半球ということもあり、滞在中はほぼ毎日美味しいNZワインを飲んで楽しんでいたのだけど、自分の居たオークランド市(Auckland, AKL/屋崙, 奥克兰)と言うところは中々国際的な街で、特に華人を中心としたアジア系の移民が目立つ印象だった。
 本記事では旅の思い出の備忘も兼ねて、滞在中に収集した数点の資料なども参照しつつ、近年チャイナタウンの形成が進むDominion Rd.一帯の状況を紹介しておきたい。これからNZ旅行を検討中の読者の皆様におかれては、これを参考にして旅行中のプランを練られると良いと思う。全く思わない。
 今回は前編ということで、チャイナタウンの巡検の様子を紹介する前に、NZやAKLと華人*1の歴史について簡単に纏めておこうと思う。要は自分のメモ代わりなのでアレだが、辛抱強くお付き合い願いたい。

*1:狭い定義によれば、華僑と異なり渡航先の国籍を取得している中国系住民を指して華人と呼ぶ。とはいえ、別に厳密な定義の求められている訳ではない本稿では中港台からの華僑・華人や東南アジアで数世代を経た華人についても殊更区別することはせず(ぱっと見では無理なので)、彼等アイデンティティの一部として中国系である人々が渾然となって作っているまとまりを華人と呼称したい。

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東京湾フェリーで帰浜したこと

 先日、千葉に行く機会があり、帰浜の際に折角なので金谷〜久里浜を結ぶ東京湾フェリーを利用することにした*1。1時間に1往復あり、気軽に利用できる。720円という運賃も手頃だ。何より、混雑する東京を経由せずに帰れる事は、日々田園都市線に乗っている者として非常に魅力的だった。笑

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 内海とはいえ、東京湾は広い。海原の開放感、日差し、中国人乗客の投げるパン屑を追うカモメの群れ、吹き付ける潮風、行き交う船舶を堪能しつつ、東京湾浦賀水道の境界を掠めるようにして、船は久里浜へと向かう。

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 40分と短い間ではあるが、フェリー特有の中途半端なゴージャス感は、船旅の良さを感じさせるものだった。最近スター・フェリーやシーバス以外のまともな船に乗っていないので、ひと時の非日常を満喫した。多分電車に乗って東京経由で帰るより時間がかかっていると思うけど、ちょっとした贅沢である*2。次は東京〜横浜間のフェリーを使ってみたい。

 今回の家路にはフェリーの他、内房線京急線を利用したので、東京湾の東と西の風景を車窓から眺めることになった。同じ湾岸の集落といっても、内房と三浦〜横須賀の雰囲気は結構異なるように感じた。以下に比較してみたい。

 内房では海に至る斜面がなだらかで、風景も穏やかなように感じた。一方で三浦は山が海に迫っており、非常に窮屈で、薄暗い印象を受ける。尤もこれは内房線京急線の走行する位置や、西陽の関係かもしれない。三浦半島はもう家路に就いている感覚が濃厚で、日常に戻るという気分が其印象を暗くしているということもあろう。
 また、内房では集落と集落の間の連絡が比較的容易で、開放的な雰囲気があったが、三浦は其々の集落の入り江が深く、急峻な山に阻まれて集落間の陸路での連絡が困難であったことが伺われる。三浦半島東側の薄暗い印象は、こうした閉鎖性や、近代以降の軍事の要素も相俟っているのかも知れない。とはいえ、これらの要素は良港であることの証明にもなっている筈である。

 友人は「栃木も群馬も『東京からどこかへの途中』なのに対して、千葉の先には千葉しかない。東京から一番近いどん詰まり、地の果てが千葉なのだ」と言っていたが、自分はチバットに開放感や大らかさを感じる。まあ、それが田舎ということかもしれないし(三浦側の窮屈な感じは紛れもなくそこが横横・東京という都市の一部であるからだろう)、或いは自分の日常に対する逃避願望からくる、生活圏の外側への憧れなのかもしれない。
 なんにせよ、千葉は良いところだと再認識したので、春になったらまた行きたいと思う。きっと菜の花は終わってしまっているだろうけど。

 

追記:記紀ヤマトタケル伝説等にあるように、かつてこの浦賀水道は主要な海上交通ルートであり、東海道相模国三浦半島からこの浦賀水道を通って安房国➡︎上総国➡︎下総国➡︎常陸国へと至っていた。現在の横浜以北である武蔵国は相模からアプローチするには多摩川利根川といった河川が多く困難であり、帰化人の入植が増えるまではより安全な山伝いの東山道に編入されていた。上総・下総の順が南北であることの説明でこの上古のルートを挙げて、房総においては南部の方が上方に近かったということを説明するものを読んだことがあるが、この東京湾フェリーはそうした歴史的な道でもあるのだった。

*1:この東京湾フェリー、戦後に閉鎖機関指定された国策会社「東亜海運」と同名で戦後に設立され、そのファンネルマークと社旗を引き継いでいるらしい。wikipediaの沿革は年号の並びが怪しくて、信用がならないが。もしかすると戦中の東亜海運関係者の再就職先として作られたものなのかもしれない

*2:浜金谷駅からフェリー乗り場までは徒歩10分弱だけど、久里浜港から久里浜の駅前までは結構かかるので、バス乗車が必要になるのがやや残念である。時間に余裕があれば徒歩でペリーの記念碑などをまわってみるのもいいとは思うが、と書いてから、バス・電車の連絡乗車券の存在に気付いた。無駄なことをしてしまった

虚ろな心に火を灯せ、或いは男5人の『ゆるキャン△』

  • 買い出しと松田散策など
  • 火起こしと、晩飯
  • 燗銅壺
  • 燻製
  • 帰路、鶴巻温泉
  • まとめ
  • 追記:

 燃え尽き症候群という言葉がある。また、人の命は蠟燭の灯火に喩えられたりもする。我々人間は、日々何かを火に焚べながら己の生を全うせんとしている。

 去年の終わり頃、自分は非常に疲れていた。“燃え尽き”かけていたのかもしれない。何か漠然と、““活力””を注入しなければいけない気がした。そうだ、火を焚べよう。悲しみも暖炉で燃やすものだと吉田拓郎だか森進一だかも言っている。というわけで、同じように疲れている人間が集まって火を焚べることになった。

買い出しと松田散策など

別に寒空の下テント張ったりはしたくないので、床暖、灯油ヒーター、寝具付のクソヌルコテージを借りることになった*1。昼前に買い出しを行う。

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 山奥へのバスが出るのは小田急の新松田だったが、近傍の商店情報が何も分からなかった。インターネットは本当に使えない。そこで、隣のいかにも棒倒しが好きそうな名前の駅に行き、マックスバリュで買い出し。普段まともに自炊をしないオタク連中(含自分)は本当に買い物が下手。正直買い過ぎであった。

*1:余談だが、買い出し中魚屋のおっちゃんに寒さを心配されたので上述のヌルい環境を説明すると、「そんなんハイアットに泊まるのと変わんないじゃねえか」なるコメントを賜ったので、今回泊まったコテージは通称「ハイアット」となった。「ハイアット」、交通の便は良くないけど本当にオススメです

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「銭湯と横浜」展に行った

はじめに

 標題通りの内容です。最近、都内への定期券が失効したため専ら横浜市内で活動することが多くなっている。我々港北の民は、ともすれば「横浜都民」と揶揄されるほど東京との結びつきが強い人種なのだけど、たまには横浜市歌の響き渡る市営地下鉄に乗り、柳宗理デザインのアレコレを愛でながら愛港心を涵養しようというわけである。
ということで、先月この↓ツイートを見て、

横浜のど真ん中と地元港北で銭湯にまつわる企画展を同時開催していると知ったので、そのどちらにも行くことにしました。連動企画ということもあり、両展示の差異と工夫がわかって楽しかった。

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鹹肉(咸肉, 中華風塩豚)を使う:老干媽炒飯(老干妈炒饭)

  • ◉はじめに
  • ◉老干媽(老干妈)とは?
  • ◉用料及食譜
  • ◉実食及感想
  •  補:老干媽いろいろ

◉はじめに

 以前こちらのブログで紹介した「鹹肉」を覚えているだろうか?冬場の保存食料として華中地域を中心に作られているものである。家でも美味しい上海菜飯を作るため、日本の郊外型ニュータウンにおいてその再現を試みた記事は以下の2つをご覧下さい。

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今日急に自炊をしなければならなくなったので、今回も残りの鹹肉を使って何か作ってみようと思ったが、菜飯だと炊く時間がかかるし、なにより冷蔵庫にあんまり野菜が残っていなかった。
 冷蔵庫に生卵、冷蔵庫に米、葱があったので、炒飯をやってみようという気持ちになった。味付けは…そうだ、以前どっかで読んだ老干媽炒飯にしよう。

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